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金沢地方裁判所 昭和36年(行)8号 判決

原告 浅井茂人 外九名

被告 金沢市長

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一、当事者双方の申立

一、原告ら

「被告が原告らに対し金沢市清掃条例第八条第四号にもとずいてなした別紙目録記載の「清掃手数料」の納入額告知を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

二、被告

主文同旨の判決

第二、原告らの主張

一、原告らはいずれも肩書地に居住している金沢市の住民である。

二、被告は、昭和三五年六月一八日、第二回定例金沢市議会に「金沢市清掃条例制定の件」(議案第八号)を、提出し、同条例は同年六月二九日議決され、同年七月一日公布された。

右金沢市清掃条例(以下本件条例という)は同年一二月二七日規則第三八号(本件条例の施行期日と定める規則)により、昭和三六年一月一日からこれを施行することに定められたが、金沢市清掃条例臨時特例条例によつて本件条例第八条第四号に規定する清掃手数料の徴収は、昭和三六年一月分に限り徴収しないことが決定された。

三、原告らは被告から本件条例にもとずき、昭和三六年三月一三日以降それぞれ同年二、三月分の別紙目録記載の清掃手数料の納入告知をうけた。

そこで原告らは本件条例にもとずく手数料の徴収は地方自治法第二二二条第一項(昭和三八年六月八日法律第九九号による改正後は同法第二二七条第一項以下同じ)に違反するとの理由で同法第二二四条(右同第二二九条)にもとずき、異議の申立をしたが、被告は、同年六月一〇日原告らの異議申立を棄却する旨決定し原告らはその頃その通知を受けた。

四、本件条例第八条第四号にもとずく清掃手数料の徴収処分は次の理由により違憲無効である。

(1)  本件条例は従来の「金沢市清掃事業に関する手数料条例」を廃止し、新たに一般市民から清掃手数料を賦課徴収することを主たる内容とするものであり、次のように定めている。

第八条 市は法第二〇条(清掃法第二〇条を指称する。)の規定により汚物の収集及び処分に関し特別清掃地域及び市長が必要と認め指定する地域の占有者から次に定める清掃手数料を徴収する。

一、二、三(略)

四、一般家庭(業態以外の者)およびごみ等の排出量が第一号の規定に該当しない業態者手数料

その世帯人数(業態者にあつては、当該土地または建物において業務に従事する者の数)に応じ、次の区分による額

(一)  世帯人数一人から三人まで 月額二〇円

(二)  世帯人数四人から六人まで 月額三〇円

(三)  世帯人数七人以上の世帯  月額四〇円

五、(以下略)

(2) 被告は原告らの異議申立に対する棄却理由のなかで右手数料の徴収は、地方自治法第二二二条清掃法第二〇条により適法のものであると述べている。

しかしながら地方自治法第二二二条第一項は「普通地方公共団体は、特定の個人のためにする事務につき、手数料を徴収することができる。」という規定であり、それは通常身分証明書、印鑑証明書の交付を求めるなど、一個人の要求にもとずき、主としてその者の利益のために行う事務について、手数料を徴収できることを定めたものであつて、本件清掃手数料のように一般住民に対しての請求にもとずかないで強制的に手数料を賦課徴収し得ることを規定したものではない。

(3) 次に清掃法第二〇条は「市町村は、市町村が行う汚物の収集及び処分に関し、条例の定めるところにより、手数料を徴収することができる。」と規定している。しかしこれは地方自治法第二二二条にてらし、市町村は、汚物の処理を特に市町村に要求したもの、すなわち特別の受益者から手数料を徴収することができることを定めたものと解すべきであつて、本件条例第八条第四号に定めるごとく、一般住民から汚物処理の請求の有無にかかわらず、手数料を徴収することを容認する趣旨ではないこと明らかである。

元来汚物の処理等清掃事務は地方自治法第二条第三項第七号に明規されているとおり普通地方公共団体固有の行政事務に属するものであるところこのような事務処理のために特別に手数料を徴収することは許されないから、本件手数料の徴収は明らかに地方自治法第二二二条、清掃法第二〇条に適合しないものであり、これを根拠として本件手数料の徴収を合法化できないものである。

(4) 被告は本件条例のみによつて清掃法所定の一切の汚物を収集処分しているのではない。金沢市では、汚物であるふん尿の収集処分は、被告がその企業に参加している「株式会社北国衛生社」によつて住民の請求に応じて行われ原告らはその都度相当の手数料を支払つている実情である。それにもかかわらず被告はこのうえさらに本件手数料を原告ら住民から強制的に賦課徴収しようとしているのである。

(5) なお本件条例第一〇条は「市長は特に必要があると認めるときは、手数料を減免することができる。」と規定しているが、清掃法第六条第四項は住民が自ら汚物を処理することを要求しているのに、金沢市清掃条例施行規則によると逆に住民個人の汚物自己処理については、特別の届出を要し、それについて市長の許可を得ないかぎり手数料の減免を得られないことになつており、かかる無制限かつ強制的な手数料の徴収処分は清掃法第六条第四項に違反している。

(6) 更に本件条例によつて徴収された手数料の使途は、主としてじん芥焼却場の建設、清掃自動車の購入等の用途にあてるためのものである。しかしこのように地方自治体の行政上の必要のためにする事務について手数料を特別に徴収することが許されないことは前述したとおりである。

(7) よつて本件条例第八条第四号は地方自治法第二二二条、清掃法第二〇条に適合しないものであるから、憲法第九四条に違反する。また本件手数料の徴収は、金沢市の一定地域の一般住民に対し、実質的に租税を課するものであるところ、これを法律によらず、または法律の定める条件によらないで強行するものであるから憲法第八四条にも違反する。

五、よつて本件手数料の徴収は違憲無効であるから、原告らに対する別紙目録記載の納入額告知処分の取消を求めるため本訴に及んだ次第である。

第三、被告の答弁並びに主張

一、原告らの主張事実中、第一、二、三項は認める。

二、第四項のうち(1)は認めるがその余は争う。

(1)  地方自治法第二二二条第一項に「普通地方公共団体は特定の個人のためにする事務につき手数料を徴収することができる。」と規定されているのは、普通地方公共団体は特定個人が役務の提供を受けたことにつき、同人から手数料を徴収できるとの意であつて、清掃法第二〇条の規定にもとずき、ごみの収集処分という役務の提供につき、手数料を徴収することも、地方自治法第二二二条第一項に規定するところと同様の趣旨によるものである。もつとも被告が本件条例第八条第四号に定めた清掃手数料を徴収している根拠規定は、右地方自治法第二二二条第一項ではなく、清掃法第二〇条であつて、同法条によれば、端的に「市町村は、市町村が行う汚物の収集及び処分に関し、条例の定めるところにより、手数料を徴収することができる。」と規定されている以上、清掃法第二〇条が、地方自治法第二二二条第一項の確認的規定であつてもはたまた特別規定であつても被告は、清掃法第二〇条により適法に手数料を徴収できることに疑問を狭む余地はない。

(2)  清掃法にいわゆる特別清掃地域内の土地または建物の占有者が自ら汚物を処分しないでこれを容器に集めて置くことは、当該容器内の汚物が被告によつて収集処分されることを求める意思表示をしているものである。

従つて右意思を表明している占有者を対象に行なう汚物の収集処分は、特別清掃地域内の住民に対しその要求に基き便益を与えるものであるから、この供与の程度に応じて手数料を徴収することは、当然であり、もし一般租税のみにより被告において清掃事業を賄うことにするときは却つて便益を受けない特別清掃地域外の住民に対して不公平である。

これを要するに被告が右の特別清掃地域内の住民を対象に行うかかる汚物の収集及び処分は一個人の要求にもとずいて主としてその者の利益のために行う役務であること、身分証明書等の交付の事務と本質的な差異はないのである。

このことは、本件条例第八条第四号の清掃手数料の額が世帯人員別月額により、その徴収方法は同第九条により毎四半期の最後の月末限り徴収することになつていることからも裏附けうるのである。したがつて本件手数料はあくまで被告が特定個人に対してなす役務の提供について徴収しているものであつて、原告らが主張するように住民の請求にもとずかないで強制的に賦課徴収しているものではない。

(3)  原告らは、第四項(3)において被告が行つている汚物の収集および処分は市の固有事務であると主張するが、清掃法にもとずく右収集処分は市の団体委任事務である。しかし、地方自治法第二二二条第一項の手数料を徴収できる事務は、およそ地方公共団体の事務で特定の者のためにするものである限り固有事務及び委任事務のいずれであるかを問わないこと当然の事由であるが、改正地方自治法第二二七条では、この趣旨が明文化された。

(4)  同項(4)については、被告が企業に参加しているのは「株式会社金沢市衛生公社」であつて「株式会社北国衛生社」ではない。そして原告らが右会社に支払つている手数料は本件手数料とは全くその性質を異にし前記会社との間に締結したふん尿収集に関する私法上の契約にもとずく債権債務関係から発生したものである。

(5)  次に同項(5)については前記占有者がごみ等を自ら処分しようとする場合に被告の承諾を要する旨の規定(金沢市清掃条例施行規則第一条)を設けた理由は、こと環境衛生に直接関係するものであるという見地から、自己処分の方法が他の環境を汚染するおそれのないようなものであることを要するので、本人の申請により被告が実情を調査したうえ、衛生的に処分するものについて、これを承諾することとしたのである。そしてこの自己処分については手数料の徴収関係が生ずる余地は全くなく、原告らが主張するように本件条例第一〇条に規定する手数料の減免を云々する余地もないのである。

(6)  原告らは、第四項(6)において、本件手数料の使途が、清掃自動車の購入等地方自治体の行政上の必要のためにする事務経費に充てられる点から、かかる事務経費調達のため手数料を徴収することは許されない旨主張するが、本件手数料は被告の役務の提供に対するものであるから、右原告の主張は失当である。

(7)  自治省及び厚生省は従来清掃手数料を徴収することが適法であるとの立場から、普通地方公共団体を指導してきた。その結果全国一五九都市が汚物収集及び処分のための手数料を徴収するようになつたのである。したがつて清掃手数料の徴収は、違法でないと同時に慣行としても確定しているということができるのである。

都市におけるじん芥の排出量が増加の傾向にあること、さらに衛生的見地からこれを完全に除却することが必要であることは否定できない。そしてそのために多額の費用を要するのである。しかし財源的な考慮の薄い現行制度上、じん芥排出者から、じん芥を除却するための費用を徴収することはまことにやむを得ないものなのである。

(8)  以上のように本件条例は地方自治法第二二二条第一項、清掃法第二〇条に違反せず、したがつて憲法第九四条にも違反しないものであり、且つ本件手数料の徴収は、役務の提供に対する手数料であつて租税とは本質的に異るものであるから、憲法第八四条にも違反しないこと明白である。

第四、証拠〈省略〉

理由

一、原告らの請求原因第一ないし第三項、第四項の(1)の点は当事者間に争がない。

二、原告らは本件条例第八条第四号にもとずく本件清掃手数料の徴収処分は地方自治法第二二二条第一項、清掃法第二〇条に違反し、更に憲法第九四条、同法第八四条に違反する旨主張するのでこの点について判断する。

(一)  地方自治法第二二二条第一項にいう手数料は地方公共団体の事務で特定人のためにする行政上の役務の提供の対価として徴収するものである。右にいう役務は特定の者の要求にもとずいて、その者の利益、又は必要のためにする事務でなければならないが、そのようなものである以上、右事務がいわゆる固有事務か或いは委任事務かを問わないものというべきである。したがつて専ら地方公共団体自身の必要のためにする事務については手数料を徴収できないものである。

ところで「清掃事務」が、地方自治法第二条第三項第七号に規定する地方公共団体がなすべき公共事務であることは明らかであるが、清掃法第二〇条にいわゆる市町村が行う汚物の収集及処分は、専ら地方公共団体自身の利益ないし必要のためにのみする事務ではないと解すべきである。即ち清掃法第二条は、市町村に対し、清掃思想の普及並びに清掃事業の能率的運営をなすべき一般的責務を課するとともに第六条第一項は具体的に市町村に対し特別清掃地域内の土地又は占有者によつて集められた汚物を、一定の計画に従つて収集処分すべき義務を課する一方、第五条第六条第四項は特別清掃区域(市の区域)の土地建物の占有者にその土地建物内の汚物を掃除して清潔を保ち、便所及び汚物容器を衛生的に維持管理し、更に焼却、埋没等の方法により容易に衛生的な処分をすることができる汚物は、なるべく自ら処分するようにつとめるとともに、自ら処分しない汚物についても、食物の残廃物とその他のごみを各別の容器に集める等、市町村の行う汚物の収集及び処分に協力すべき義務を課しているのである。従つて市が行う汚物の収集処分は一面清掃法により市自身に課せられた義務の履行であるが、他面前記のごとき、義務を負担する市住民各自の利益のためなされる役務の提供であることは否定し難いところである。従つて本来普通地方公共団体は、右汚物の収集および処分に関し、地方自治法第二二二条第一項所定の手数料を右市住民から徴収しうるものであるところ、清掃法第二〇条はこれを明文をもつて確認したものと解するのが相当である。されば本件条例第八条第四号により一般家庭から徴収される清掃手数料も市の固有事務で特定の個人のためになされる報償的性質を有する手数料であつて清掃法第二〇条ないし地方自治法第二二二条第一項所定の手数料と異質のものではないと解するのが相当である。

(二)  原告らは、本件手数料は、市住民の要求の有無に拘らず強制的に徴収され、被告の許可を受けないかぎり汚物の自己処理ができず、従つてその徴収を免れえないものであるから、清掃法第六条第四項に違反し、且つ清掃法第二〇条、地方自治法第二二二条第一項に適合しないもので、憲法第九四条に違反する旨主張する。

金沢市清掃条例施行規則第一条(昭和三七年八月一日規則第四一号による改正前のもので、右改正後は同規則第二条)によれば、汚物を自己処分しようとするときには、被告の承認を要する旨規定せられていることは明らかである。

しかし成立につき争いのない乙第一号証、同第二号証及び証人堀岡清則の証言によれば、被告は、金沢市の住民から、ごみ等の収集処理を市に対して依頼する旨の世帯届を提出させ、これを提出した住民から本件手数料を徴収する方法をとつていること、汚物の自己処理を申出た者に対しては、金沢市清掃課においてその処理方法を調査し環境を汚染するおそれのないものに対してこれを承諾し、清掃手数料を徴収しないこととする取扱いが行われていることが認められ、右認定に反する証拠がない。

右認定事実によれば、本件清掃手数料が市住民の要求に基かない役務の提供につき徴収されるものとはいい難いし、且つ被告の採用する汚物自己処理の承認制も、清掃法第六条第四項の衛生的な自己処分をなさしめる行政目的を具現するためのもの以上に出ないと解されるので、前記原告らの主張は肯定し難い。

(三)  原告らは、本件手数料の使途が、清掃自動車の購入等地方自治体の行政上の必要のためにする事務経費に充てられる点から、かかる事務経費調達のため手数料を徴収することは許されない旨主張するが、本件手数料は、特定人のためにする行政上の役務の提供に対する報償的性質を有する反対給付で、直接収入を目的とするものでないから、右主張は失当である。もつとも右手数料が、報償として役務の費用を償うため被告の収入となることは明らかであるが、このことは、何ら右結論を左右するものではない。

(四)  原告は、本件手数料の徴収処分は実質的に租税を賦課するものであるところ、それを法律によらず、または法律の定める条件によらないでなす点において憲法第八四条に違反する旨主張するので判断する。

憲法第八四条にいわゆる租税法律主義は、法律の範囲内で条例により地方税の税率その他賦課徴収に関し具体的な定めをなすことは勿論法定外普通税を課することもこれを禁じているものではなく、まして報償的性質を有する反対給付たる手数料の徴収に関する事項を条例をもつて定めうることは、多言を要しないところである。従つて清掃法第二〇条、本件条例に基く本件手数料の徴収が憲法第八四条に違反しないことは明らかである。

三、以上の理由により原告らの本件清掃手数料の納入告知処分の取消を求める本訴請求は理由がないものとして棄却を免れない。

よつて訴訟費用につき民事訴訟法第八九条第九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 牧野進 木村幸男 高橋爽一郎)

(別紙目録省略)

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